立山の登山記録(2004年8月30-31日)



日程

8月28日(土) – 1日目
国分寺駅-信濃大町駅-扇沢-黒部ダム-黒部湖駅-黒部平駅-大観峰駅-室堂-剣御前小舎-剣沢キャンプ場(テント泊)

8月29日(日) – 2日目
剣沢キャンプ場-剣山荘-一服剱-前剱-剱岳-前剱-一服剱-剣山荘-剣沢キャンプ場(テント泊)

8月30日(月) – 3日目
剣沢キャンプ場-別山-真砂岳-富士ノ折立-大汝休憩所-大汝山-雄山-一ノ越山荘-富山大学立山研究所-獅子岳-ザラ峠-五色ヶ原山荘(小屋泊)

8月31日(火) – 4日目
台風のため、五色ヶ原山荘で停滞(小屋泊)

9月1日(水) – 5日目
五色ヶ原山荘-鳶山-越中沢岳-スゴノ頭-スゴ乗越小屋-間山-北薬師岳-薬師岳-薬師岳山荘-薬師峠キャンプ場(テント泊)

9月2日(木) – 6日目
薬師峠キャンプ場-太郎平小屋-薬師沢小屋-アラスカ庭園-雲ノ平山荘(小屋泊)

9月3日(金) – 7日目
雲ノ平山荘-祖父岳-ワリモ北分岐-水晶小屋-水晶岳-水晶小屋-ワリモ北分岐-ワリモ岳-鷲羽岳-三俣山荘-三俣蓮華岳-双六岳-双六小屋(テント泊)

9月4日(土) – 8日目
双六小屋-花見平-鏡平山荘-わさび平小屋-新穂高温泉-松本駅-国分寺駅

3日目の記録

05:46 剣沢キャンプ場

剣沢キャンプ場でテントを撤収し、立山方面に向けて出発だ。2日間に渡って眺め続けてきた剱岳とも今日でお別れである。今日は天候が良さそうなので昨日望めなかった剱岳の展望も今日登れば見られるのだが、明日辺りに台風がやって来る予報だ。という事で、今日中に山小屋のある五色ヶ原まで必ず辿り着かなければならないので剱岳登頂は諦めて出発する。

06:24 剱岳を振り返り見る

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剣御前小舎と別山の分岐点に到達し、後ろを振り返り見ると剱岳が相変わらず堅牢な山容を僕に見せ付けていた。瓦礫と砂礫の登山道をジグザグに進み、別山を目指す。

07:28 別山

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今日は月曜日なので登山者は余りおらず、気分が快適な状態で祠のある別山に到着する事が出来た。地図を見ると祠から10分程行ったところに「北峰」と記載されており、荷物をデポしてカメラと三脚のみを持って移動する。北峰に到着すると、北峰には小さなケルンと「別山」と書いた看板が置いてあり、剱岳の最高の展望所となっていた。

08:30 真砂岳

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別山に戻り、砂礫の登山道を一旦下って登り返すと真砂岳に到着。別山からも見えた能登半島がここでも見えた。

09:59 大汝山

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大汝山に向かう途中で休憩所を発見。単なる休憩スペースかと思っていたのだが、実際は山小屋であり、ここでカップラーメンを買って食べる。休憩所の主人は暇で仕方が無いらしく「暇だ、暇だ!」と言っていた。暇な主人と単独行の男性と3人で暫し雑談。このままずっと暇な主人の話相手となってあげたかったが、ラジオで天気予報を聞くと明日は富山県に台風が直撃するとの情報を聞いたため、慌てて先を急ぐ。休憩所を出て数分登るとすぐに大汝山に到着。ここからは黒部湖とそのバックの後立山連峰の展望が素晴らしかった。

10:31 雄山

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雄山山頂にはゲートがあり、5百円を払わなければ山頂に行けない仕組みとなっていた。5百円の内訳は山頂に行ける権利と、鈴付きのお札、そして祈祷代であるが、僕は神仏崇拝・祈祷とかその手のものには興味が無い人間なので、パノラマ写真撮影のためだけに5百円を支払った。山頂を往復し、鈴付きのお札をザックに括り付けて先に進む。

11:55 富山大学立山研究所付近

雄山から急なガレ場を勿体無いほど下りきると、一ノ越山荘に到着。下る途中、半袖・短パン・スニーカーと、地上の通常生活の格好をした観光客が沢山雄山を目指して登っており、ここが本当に3,000m峰の一角なのかと一瞬疑ってしまった。一ノ越山荘から一登りすると、富山大学立山研究所に到着。ここからは間近に竜王岳と遥か先に本日の宿がある五色ヶ原の展望が広がっていた。まだまだ五色ヶ原までは歩くので先を急ぐ。

外人夫婦と出会う

富山大学立山研究所から先は全く人気が無くなり、自分専用となった登山道を進む。「このまま五色ヶ原まで一人かなぁ」と思いながら歩いていると、鬼岳から獅子岳に向かう途中で外人夫婦に出会う。僕は英語は喋れないが学校で習った単語位は覚えているので、ジェスチャーと交えながら会話をすると、今日は僕と同じ五色ヶ原山荘に泊まり、薬師岳・黒部五郎岳・槍ヶ岳・穂高岳を超えて上高地まで向かうという。奥さんは山慣れした感じがするが、旦那はぽっこりとお腹が出ているので、このまま上高地まで歩けるのか少し心配してしまった。

13:31 獅子岳

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外人夫婦と仲良く一緒に獅子岳に登頂。獅子岳からは五色ヶ原が手の届く近さにあるのだが、ここからザラ峠まで約350mを下り、そしてまた登り返さなければ五色ヶ原に辿り付けないので、近いように見えて遠い感じがした。

ザラ峠

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獅子岳からこんなに下ってしまっていいものかと思える程下ると、今回の山旅で楽しみしていたザラ峠に到着。歴史に興味が無い人間はこのザラ峠を単なる通過点として通り過ぎてしまうだろうが、歴史好きの僕には引き止められる場所だ。ザラ峠は戦国時代に越中(現在の富山県辺り)を収める佐々成正公が厳冬期に通過した峠である。彼は1584年に羽柴秀吉と徳川家康が対立した際に、家康側に付くが進軍に失敗。窮地に立つ彼が取った行動は、家康に秀吉との再戦を促すために、厳冬期の立山に入り、このザラ峠を越えて信州側に抜け、徳川家康がいる浜松へ向かうというものだった。結果は空しく翌年秀吉の越中征伐軍に降伏する事となるが、彼が取ったこのザラ峠越えの行動が史実であるならば、日本山岳史の記録に残る凄い記録になるに違いない。

14:48 五色ヶ原

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ザラ峠から登り返して少し行くと登山道が木道となる。五色ヶ原ヒュッテを過ぎ、五色ヶ原の広大な風景を眺めながら進むと五色ヶ原山荘に到着。山荘の主人に「今夜台風が来るので、窓にバリケードを張って日が入らないので我慢してね」と伝えられ、部屋に入ると既に単独行の男性一人がおり、後から到着した外人夫婦と僕を含め、計4人が本日の宿泊者となった。五色ヶ原山荘では風呂にも入れてもらえ、また、食事もエビフライに手作りの豆腐など美味しく最高の宿泊所だった。明日は台風直撃のため1日停滞が確定。早起きしなくてもよいので夜更かしでもしたい所だが、結局疲れていたのかすぐに寝てしまった。

4日目の記録

18:09 五色ヶ原山荘前から槍ヶ岳を撮影

昨晩は台風で窓に張ってあるバリケードが取れるんじゃないかと思う位に風が吹き荒れ、「もしも昨日テント泊だったら・・・」と考えるとぞっとした。4日目は、台風本体が通過して外に出る事すらままならないので素泊まりとし、本を読んだり山荘の方々や宿泊客と話をするなどして1日を過ごした。夕方になると完全に台風が通過して雨も止み、外に出ると槍ヶ岳が見えたので写真を撮影。明日は薬師峠キャンプ場までの地図タイム合計10時間以上の長い行程なので、明日のために早めに寝た。


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2004年8月30日 | コメント/トラックバック(0)|

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