日程・行程

2003年8月23-24日

1日目:久保-登山口-手小屋沢避難小屋-武尊山(テント泊)
2日目:武尊山-中ノ岳-前武尊-川場野営場避難小屋-旭小屋-川場温泉口

記録

ついにテントを買ってしまった。というのもそろそろ日帰りではなく、1泊2日程度の行程で「縦走」というものをしてみたかったからだ。「縦走」とは登山を始めて知った言葉で、山から山へと尾根伝いに歩くことであるが、この言葉に最近惹かれているのだ。「北アルプスを縦走しました!」「八ヶ岳を縦走しました!」と山で出会う登山者達からこの言葉を聞いて、「何て格好良いフレーズなのだ!俺も縦走したい!」こう思ったのだ。とは言え、別に縦走するにはテントで無くとも山小屋に泊まれば良いのだが、どの山にも山小屋があるわけでは無く、それに山小屋は宿泊費がべらぼうに高くてとてもじゃないが毎回は払えない。その点、テント泊ならば幕営料は数百円で済むし、誰に気兼ねする事も無く自由に行動可能である。という事でテントを購入したのだ。買ったテントは「ダンロップのVL-21」、軽量テントで登山を始めて間もない僕にも背負える重さだ。テントを買ったからには展望の良い山の山頂にテントを張り朝日を望みたい。早速インターネットで展望の良い山頂にテントを張れる山を探したところ、「あの空の下で会おう」より武尊山がリストアップされた。目指すは武尊山である。

水上駅から湯の小屋温泉行きのバスに乗り、久保のバス停で下車する。バスから降りたのは僕一人だけだ。炎天下の中、延々と続く2kmもの登りの舗装路を1 時間程歩くと登山口に到着。登山口には「熊に注意!」の看板が建っており、登山道も笹薮で覆われていて獣道のような有り様だ。一人でこんな獣道のような登山道を歩いて、熊に遭遇しないだろうか?不安になるが、熊よけの鈴代わりとラジオのボリュームを最大にして歩く。獣道のような登山道は思ったよりもすぐに終わり、道幅も広くなるが、今度は沢筋の登りが始まる。沢道は数日前の雨の影響で湿っており、歩く度に泥が飛び散るためズボンの裾は泥だらけになってしまった。泥まみれになりながらも沢道をひたすら登ると手小屋沢避難小屋への分岐に到着した。

手小屋沢避難小屋は分岐から急傾斜を降らなければいけないのだが、今後のために小屋の中の様子を確認しに向かう。この小屋は薄い鉄板製でまるでカマボコのような変わった形をしている。そもそもどうやってこの山奥にこんなに大きな鉄製の小屋を運んだのだろうか?不思議に思いつつ、ノックしてドアを開けてみるが誰もいない。よく考えると「快晴・土曜日・百名山」という最高の条件であるのに未だに誰とも出会っていない。今日のルートは著書「日本百名山」で有名な深田久弥氏が通ったルートであり、沢山の登山者で賑わっているかと思っていたが、誰一人いない。有名じゃない秩父の山ですら登山者がいたのに謎である。疑問に思いながら近くの河原で涼み、一人寂しく昼食を食らう。

手小屋沢避難小屋から山頂に向けて歩き出すと、山頂を示す案内板が削られている事に気付く。削られている部分をよく見ると、人間の毛では無い獣の茶色い毛が大量に付着していた。恐らく熊であろう・・・。さすがに怖くなってきたので、意味無く歌いながら沖武尊を目指す。途中の鎖場では今回の山行で初めて登山者と出会う。もう既に頂上を後にしこれから下山するとの事であり、挨拶も早々に立ち去って行ってしまった。鎖場を過ぎると森林限界に到達し、ハイマツに覆われた尾根道に変化し、ピークを2度ほど繰り返し進むと武尊山の山頂に到着した。

山頂で僕を待っていたものは、360度に広がる大パノラマだ。僕の人生でこんなに広大なパノラマは見た事が無い。武尊山の頂上は展望を遮る木々が無いため、全方向に視界がきくのだ。地図を広げて確認すると同じ百名山仲間の谷川岳・至仏山・燧ヶ岳といった有名な山々も見える。今見ている山々にもいつか登る事になるのかと思うと思わず興奮した。ちなみに、山頂には誰一人おらず、本当に百名山なのか疑ってしまうが、大きな看板に「武尊山山頂」と書かれていたので間違いは無いだろう。

武尊山のパノラマ写真を見る1武尊山のパノラマ写真を見る2武尊山のパノラマ写真を見る3 

至仏山や燧ヶ岳も見える最高の展望だ。
至仏山や燧ヶ岳も見える最高の展望だ

写真撮影に満足したところで、初めてのテント設営に取り掛かる。事前に家で何度も練習していたので作業はスムーズだ。テントを設営して食事を済ますと辺りは暗くなっていた。山頂にいるのは僕一人。日本百名山の山頂に僕一人。ある意味とても贅沢だ。聞こえるのは虫の音色と風の音。普段聞こえる雑音などは一切聞こえない。何とも静かで気持ちが安らぐ一時だ。明日の天気をラジオを聞いたり、地図で明日の行程を確認していると、19時頃に外から「ドーン」と、どでかい音が聞こえてきた。どこの町かは分からないが花火大会のようだ。外に出て空を見上げると、満天の星空に綺麗な花火が打ち上がっていた。

初めてのテント泊。家で何度も練習したので、設営はあっという間だ。
初めてのテント泊

次の日の夜明け前にシュラフに包まりもぞもぞとしていると、「着いた~!」と声が聞こえてきた。その声が目覚まし代わりとなり、眠い目をこすりながら外に出てみると、声の主は中年の夫婦であった。話を聞くと、朝焼けの山の写真を撮るために、深夜0時から登ってきたとの事だ。早速僕も負けじと写真を撮りまくる。武尊山の山頂からの景色は朝も最高だ。山々の谷間には雲が立ち込めていて、各山の頂だけが雲間から顔を出している。何とも幻想的で言葉では表現出来ない最高の景色だ。これだから登山は止められない。この素晴らしい景色を見るために僕は山に登っているのだ!。横で写真を撮っている写真好きの旦那が「富士山が見えるよ」と教えてくれた。旦那が見ている南西方向を望むと本当に遥か遠くに富士山が見えた。都心からでも富士山は望めるが、まさか群馬北部の山から富士山が見えるとは思いもしなかったのでびっくりだ。

武尊山のパノラマ写真を見る1武尊山のパノラマ写真を見る2

望遠+デジタルズームで富士山を撮影。灯りの点が見えるが富士五合目の灯りだろうか?
望遠+デジタルズームで富士山を撮影。灯りの点が見えるが富士五合目の灯りだろうか?

武尊山山頂からの展望。 武尊山山頂からの展望

山頂での写真撮影と朝食を済ませテントを撤収する。それにしても昨日の夜は気持ちが悪かった。テントには外部の空気を取り込むメッシュ状の通風孔が開いているのだが、少し隙間が開いていたらしく、夜中に起きるとテント内は蚊に蛾に奇妙な昆虫やらで虫だらけだったのだ。一人が好きな僕ではあるが、さすがに山頂に一人という状況は心細く、ライトを点けっ放しにして寝たのがまずかった。次回は通風孔のメッシュの隙間を完璧に埋める対策を練らねばならない。そう心に誓い下山する事とする。

武尊山から見た三ツ池、中ノ岳。
武尊山から見た三ツ池、中ノ岳

ハイマツで覆われたガレ場を下ると湿原地の三ツ池に到着。地図を見る限りではこの池の近くには「笹清水」という水場があるはずなのだが、どうも見つからない。少し歩くとパイプから水がチョロチョロと流れている箇所を発見するが、これが水場なのだろうか。「この水を飲んで腹を壊さないだろうか?」と心配になり、結局水汲みを断念する。後々調べるとこの水場が「笹清水」である事が分かるが、この時はまさかこれが水場だとは思いもしなかった。ここで水を汲まなかった事で、後々辛い思いをする事になるのだ。

三ツ池を過ぎ、家ノ串山へ登ると、昨日泊まった沖武尊山頂からの雄大な稜線が見えた。我が故郷北海道で見たような風景に懐かしさを覚える。家ノ串山から前武尊までは岩場の道が続く。足を踏み外すと崖下に転落・即死亡という危険な箇所もあり、「こんな狭い道で向こうから人が来たら入れ替わるのが大変だろうなぁ」と思っていると、運悪く向こうから人がやってきて、登り優先という事で道を譲る。途中剣ヶ峰への登りを示すマークが岩肌にスプレーで書かれていたが、何故か特に興味を示さず、下の巻き道を経由して先に進む。尾根道が終了し、ハイマツから山頂では見られなかった高い木々が見え始めると前武尊に到着した。

家ノ串山のパノラマ写真を見る


家ノ串山から武尊山を望む

前武尊にあるヤマトタケルノミコトの像の下に座りこみ、水を飲もうとペットボトルを持つが、あと一口分しか残っておらず、ここで全て飲み干してしまう。これにより手持ちの水は無くなってしまったが、地図を見ると水場のマークは付いていないものの、これから行く道と平行に川が流れている事が確認出来たため、余り心配せずに前武尊を後にする。前武尊から樹林帯の道を30分程歩くと川場野営場に到着。野営場とはいっても炊事場は崩壊しており、水道の蛇口が取れているなどして全く機能していない。水が汲めない事が分かり、先を急ぐと数分で川場避難小屋に到着。避難小屋はロッジ風の建物で、無料にしては立派だが人気は無い。ここにも水道の蛇口はあるが、切断されているのか水は出なかった。

前武尊山のパノラマ写真を見る

避難小屋から先は砂利道の林道が続く。道を歩いていると右側から水の流れる音が聞こえてきた。「やった、川だ!水だ!」と安心したのだが、人生そうは甘くない。川までは道を外れて藪を漕いで行かねばならず、手が届かない遠さだ。さすがにこの時ばかりはヤバイと感じた。ここから先は車道に出て川場温泉口のバス停までの約8kmもの辛い道が続くのだ。そして気温は30度まで上がり、太陽は先程から僕の黒髪に容赦無く熱を浴びせている。自分でもこれ以上水を飲まずに歩き続けたら自分の体が危険である事は分かっている。だが、分かってはいても水が無いのだから仕方が無い。もうこの先のどこかに水がある事を祈るしかない。水場を期待しながら砂利道を30分程歩くとアスファルトの道路に変化し、武尊山の川場方面の登山口に到着した。

登山口に到着した頃には体はフラフラだ。バス停までの約8kmもの車道歩きの前半で旭小屋直下の川でやっと水を飲む事ができたのだが、この時ばかりは水の水質や腹の事などは一切考えずにガブ飲みだ。2時間掛けて炎天下の道路を歩くとバス停に到着し、次のバスの時間まで1時間以上あるので近くの都旅館で日帰り入浴。バス停に戻ると、僕と同じ行程を歩んで来たという二十歳位の青年と出会い、「ここにも僕と同じ馬鹿がいたのか!」と思い少し嬉しくなる。ただ、僕と違うのは三つ池付近の「笹清水」で水を汲んできた事だ。やはりあそこで水を汲んでおくべきだったと後悔する。田舎特有のバスの遅延など気にせずに、この青年と山話に花を咲かせながら家路に着くのであった。

武尊山からの展望は360度で最高だ。北アルプスや南アルプスといった山々の景色も良いが(行った事は無いが)、話を聞くと人が多過ぎる。誰にも干渉されずに大自然だけを楽しむのなら武尊山をお勧めする。この山行ではテント泊の気楽さと、水の大切さを痛切に感じた。馬鹿は一度痛い思いをしなければ分からないのだ。この経験が今後の登山の糧となるだろう。次回はこの経験を教訓により良い登山を目指すのだ!