聖岳・赤石岳の登山記録(2009年11月7日-9日)-3日目
3日目の記録
兎岳避難小屋(05:26)→聖岳(07:29/07:55)→小聖岳(08:39)→薊畑分岐(09:12)→西沢度(11:21)→便ヶ島(12:00)
05:25 兎岳避難小屋
昨夜は夕食を食べてすぐにシュラフに入って爆睡。今日は便ヶ島まで下るだけなのでゆっくり出発しても良かったのだが、聖光小屋にも顔を出したいので、夜明け前に出発する事にした。 ![]()
06:01 兎聖コル
ヘッドライトを付けて下るが、下り始めから道を外してウロウロと迷う。石に登山道を示す矢印が書かれているのを発見して何とか復帰できたのでよかったが、やっぱり日が出てから下ればよかったと思った。そんなこんなで下ると兎聖コルに到着。ここからまた聖岳への登り返しが始まる。 ![]()
06:10 朝焼け
6時を過ぎた頃から明るくなってきて、兎岳や赤石岳が赤く染まり始めたので足を止めて写真を撮影。せっかくの朝焼けなのだが、如何せん写真を撮るには場所が悪い。どうせ朝焼けを撮るなら向かいの尾根にある笊ヶ岳辺りから赤石山脈南部の山々の朝焼けの写真やパノラマ写真を撮ってみたいなと思った。
登山道より兎岳を撮影。真っ赤に焼けているように見えるが、カメラの機能で赤みを強調しているだけで、実はそんなに赤く焼けていなかった。
07:00 聖岳手前
北斜面をひたすらトラバースして登ると尾根上に出て聖岳が顔を出す。逆光が強くて眩しかったが山頂目前なので気分は最高潮だ。
07:29 聖岳
1日振りに再び聖岳の山頂に到着。一昨日の山頂でも満足の行くパノラマを望めたが、同じ山頂でも昼と朝では太陽の位置が違うので、3カット程パノラマ写真を撮影。一昨日に引き続き山頂には誰もおらず、また山頂を独り占めだった。
聖岳のパノラマ写真を見る1 | 聖岳のパノラマ写真を見る2 | 聖岳のパノラマ写真を見る3
聖岳山頂より富士山をズームで撮影。御坂山塊から見る富士山が一番好きだが、南アルプスから見る富士山も中々良い。
07:55 下山
一通り写真とパノラマ撮影を堪能した後は、便ヶ島に向けて一気に下山。もう殆ど登り返しは無いので気分よく下っていく。 ![]()
08:26 水場?
気分よく下っていると、西斜面の遥か先の向こうの壁から水が流れていた。壁から流れている水はクライマーじゃないと遠いし危険で汲めないが、地図には一応この付近に水場マークが記載されている。一般登山者でも辿り付ける距離に水場があるかもしれないと思い、西斜面のガレ場を下って水場探索に向かってみる。が、ガレ場を下っても下っても水なんてどこに流れておらず、下に下れば下るほど足場が安定せず怖いので大人しく諦めて尾根上に戻った。ちなみに、ガレ場を結構下ったところに相当昔の缶詰の空き缶等が落ちており、人が通った形跡が残っていたがあれは何だったのだろうか?
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尾根上から西斜面がガレ場を望む。細かい石が堆積していて下りづらかった。
08:39 小聖岳
水場の探索が終わって、再び下るとすぐに小聖岳に到着。昨日パノラマ写真は撮影済みなので、三脚は既にザックの中に閉まってあるのだが、良い景色を見ると体が勝手に反応してしまい手持ちでパノラマ写真を撮影していた。 ![]()
09:12 薊畑分岐
ひたすら下る
薊畑分岐からは下るだけなので、黙々とひたすら下る。この下りではかつて転落事故があったようで、急な斜面にはネットが敷設されていた。 ![]()
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11:15 造林小屋跡
薊畑から2時間程ひたすら下ると、造林小屋に到着。後で聖光小屋の青木さんに教えて貰い知ったのだが、この造林小屋跡から少し下った「西沢渡」から南信濃村の「梨元」までは、かつて遠山森林鉄道の軌道が走っており、木材を運搬していたそうだ。車で走ってきたあの林道上にかつてレールが延々と敷かれていて運搬車が走っていたとは全く想像していなかったので驚きだ。ちなみに、この造林小屋跡をインターネットで調べてみたところ、こんな写真が見つかって更に驚いた。(このルートを歩いた人じゃないと分からないと思うが、あの山奥にこんな規模の施設群があった事に驚いた。) ![]()
歴史を知ってしまった今となっては、このゴミにも何だか歴史を感じてしまう。
11:21 西沢渡
造林小屋跡を下るとすぐに西沢度に到着。荷物渡し駕篭に乗って対岸に渡った先に大きな鉄製の井戸の蓋のようなものがあったが、あれが運搬車のターンテーブルだと知ったのは後の事だ。 ![]()
11:32 紅葉
このエリアは既に紅葉が終わっていたのだが、一部の木々は紅葉していてまだ秋を感じられた。 ![]()
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12:00 便ヶ島登山口
少しだけ残っていた紅葉を楽しみながら林道を下り無事下山。出発時に聖光小屋の青木さんに挨拶できなかったので、聖光小屋に向う。 ![]()
聖光小屋に入ると、丁度昼飯の時間だったらしく青木さんはソーメンを湯掻いていた。先月泊まらせてもらったお礼のお土産を渡してついでにソーメンをご馳走になり、この後は、小屋で3時間程のんびりしてから帰った。 ![]()
帰りに途中で車を止めて聖岳を撮影。この辺に住む人達は毎日こんな景色を眺められるのかと思うと羨ましくなった。 ![]()
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2010年4月10日 | コメント/トラックバック(4)|
カテゴリー:登山記録
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何気なくwebで富士山の記録を見ていたら2006年の深山さんの富士山の記録に当り一番新しいブログに書き込んでみました。素晴らしい山を一杯、登っていますね。
実は3月30日に富士山の寒さを楽しんでみようと1人で出かけてみました。アンチョコな日帰りの計画でスバルラインで五合目まで走り、登れるところまでトコトコ行ってみようと思った次第ですが、前日の降雪でスバルラインは一合目でストップしていました。
あっさり計画は頓挫して、富士吉田の登山口から富士山麓のトレッキングに変更しましたよ。馬返しから一合目・二合目と、神社や朽廃した山小屋を楽しみながら歩いていたらスバルラインの延長道路にでました。雪煙の舞う富士山は素晴らしいですね。六合目・星観荘の上に出たところで14:00になり、もう少しもう少しと言う気持も残りましたが、泣く泣く引き返してきました。4月中にも一度トライしてみようと思っているところです。今度は2人で、ザイルとアイスボルト等の確保器も携えて行こうとゴソゴソ準備をしています。
赤石岳・荒川岳は夏の真っ盛りに言った記憶が有ります。夏の時期だったので高山植物の花がとても綺麗だったように覚えています。
もういい加減爺々になってきたものですからいつまで山を登れるか、ショボクなってきました。
>>龍爺さん
龍爺さん、コメントありがとうございます。
富士山に行かれましたか。スバルラインで上まで行けなかったのは残念ですが、馬返しからのトレッキングも歴史を感じて中々面白かったのではないでしょうか。僕は非公式?なのも含めて馬返しからは7回登ってまして(一度も冬富士の山頂には立った事はないですが・・・。)、あの辺は庭みたいになってきました。
4月中に再トライされるのですね。僕も4月中に登ろうと思っているので運よく会えるとよいですね。
4月に富士山に登ろうとしている位ですから、全然爺々でもショボクもないですよ。お互い山頂に立てるとよいですね。
ではまた。
4月に入り富士山の2度目のチャレンジに良い天気の日を狙って出かけました。3月に富士山に出かけた時には、六合目・星観荘の上までしか行けず日帰りだからこんなものと未練を残して帰ってきましたが、今回こそはとスバルラインも有効に使い2日間の計画を立てるところから始めたのでしたが2日間の山中滞在は富士スバラインとしては利用違反とのことで、またまた富士吉田口の”馬返し”から今度は20キロを超えるザックを担いで、僕の山の先輩と2人で出かけることにしました。
この時期の富士山の雪はまだまだ固く、アイスバーンにさえなっているとさんざん脅かされて、対策としてアイスボルトにアイスハーケン、ロングバイルにショートバイル・ガチャモノやザイルまで担いで、これなら氷壁だって行っちゃうぞと言わんばかりに(バカですね。富士山に氷壁があるわけないのに。)体力には人一倍自信のない癖に、六合目の指導センターまでザックを担いで第一日目は心身共にノックダウン。それでも河口湖の街の灯りが綺麗でしたね。
2日目は朝7時過ぎから登りだして、12時半には行動終了の予定で、気持ちの良い雪山登りを始めるました。花小屋からのしっかりとした雪面を楽しみながら、最初の鳥居のあるトモエ館まで着くとそこには外人の2人組のパーティーが出発の準備をしておりました。話しを聞けばメキシコからきたプロガイドで富士山に登りに来ていたものでした。アイスボルトとザイルを携えて用意周到な準備に、さほど自分の準備も間違ってはいなかったと思いながらも、2つ目の鳥居のある七合目鳥居館に到着。鳥居は3分の2程埋まっていました。この頃から小屋は屋根下まで埋まっており小屋の判別はつかなくなっていましたが、八合目蓬莱館に先輩を残して、集まっている小屋の一つ一つを越してゆく事だけを目標にして、バイルとアイゼンの爪に僅かにかかる雪面に、おののきながらも3400pの本八合目トモエ館に着いたところで12時38分・時間切れで終了となりました。振り向けば富士山にかかる雲が僕と同じ目線にある。御来光館が目の前に見えている。九合目の鳥居の先には山頂がある。あと1時間で山頂を踏めるという心残りはあったけれど、テントを撤収して午後6時までに”馬返し”の駐車場まで戻ることを考えたらギリギリの時間と考えて、別れた先輩と合流。春富士の山頂をまじかに見て満足をした一日でした。本八合目トモエ館の下のところには水平に10mほどクラックの入っていることが確認できました。
ここで一つの事を考えました。非力な僕のような人間でも確実に山頂を踏むためには、滝沢林道の閉鎖解除となる4月28日を待って佐藤小屋まで荷物を持ち上げれば、陽の明るいうちに下山を確実にできる、と云う事だろうと思いました。まあそれでも今年の富士山は終了です。山頂は来年の楽しみに残しておくことにしました。これは負け惜しみです。
>>龍爺さん
富士山、お疲れ様でした。
登れなかったのは残念でしたが、その場その時の一番良い条件で登ればいつかは登れると思いますので再チャレンジですね。
僕はGWに入ったら登ろうかと考えていたのですが、今体温を計ったら熱が・・・。GWに向けて色々と予約も入れているので勘弁して欲しいのですが・・・。
臨場感のある報告ありがとうございました。